Home  > 篠山市4文化施設  > 篠山城大書院  > 篠山城の歴史
青パッド 天下普請で築かれた堅城


篠山城 関ヶ原の合戦後、篠山領は前田茂勝、ついで松井松平康重が封じられ丹波八上城に拠っていました。 大坂城の秀頼の存在を警戒する家康は、慶長14年(1609)、浅野幸長・蜂須賀至鎮・加藤嘉明・ 福島正則ら豊臣恩顧の大名を動員して新たに篠山城を築いたのです。いわゆる天下普請とよばれるもので、 総奉行は池田輝政、縄張りは築城の名手藤堂高虎が手がけました。15ヶ国、20の大名の夫役、 総勢8万人の労力による大工事で、わずか6ヶ月という短期間で完成しました。

・篠山城の築城
総 奉 行普請総奉行 池田輝政
縄張奉行藤堂高虎 ・家臣:渡辺勘兵衛了
助役大名 松平康重(丹波八上) 有馬豊氏(丹波福知山) 織田信包(丹波柏原)
谷 衛友(丹波山家) 別所吉治(丹波北由良) 京極高知(丹後宮津)
池田輝政(播磨姫路) 池田忠雄(備前岡山) 森 忠政(美作津山)
戸川逵安(備中庭瀬) 木下勝俊(備中足守)
福島正則(備後・安芸 広島) 毛利秀就(周防・長門 萩)
浅野幸長(紀伊和歌山) 蜂須賀至鎮(阿波徳島)
生駒一正(讃岐高松)山内康豊(土佐高知) 加藤嘉明(伊予松山)
富田信高(伊予宇和島) 藤堂高吉(伊予今治)  計十五カ国二十大名

築城に先立って、現在の王地山公園、東岡屋の飛の山などが候補地にあがりましたが、 現在地が最終築城地に選ばれたと伝えられています。 完成後、松平康重が八上城から移り、以後、松平氏3家8代と青山氏6代といずれも徳川譜代の有力大名に 引き継がれました。江戸時代、260年余の幕藩体制のもと、篠山藩5万石の政治・経済・文化の拠点として その役割を果たしたのです。


大書院の古写真 篠山藩主
大書院

大書院

大書院
松井紋 松井松平家
5万石
(1608年〜1619年)
藤井紋 藤井松平家
5万石
(1619年〜1649年)
形原紋 形原松平家
5万石
(1649年〜1748年)
青山紋 青山家
5万石→6万石
(1748年〜1871年)

CONTENTS
篠山城の歴史
大書院の歴史
二の丸御殿と庭園跡
展示物のご案内

青山歴史村 安間家資料館 歴史美術館
篠山観光案内所
TEL:079-552-3380
篠山口駅観光案内所
TEL:079-590-2060
篠山市役所 観光課
TEL:079-552-1111
丹波篠山観光協会
TEL:079-506-1535
観光パンフレット
トップページへ