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青パッド 江戸時代の武家屋敷の成り立ちを語る


安間家 慶長15年(1610)に篠山城が完成するとともに城下の町割が行われ、城の西側の外堀の堀端道に平行して南北の通りが 設けられ、その両側に徒士を住まわせたのが御徒士町の始まりでした。このときに割り当てられた間口は、平均8間であったことが、現状の境界などから復元的に確かめられます。
その後の経過は明確ではありませんが、江戸時代後期の天保元年(1830)に火災があって、御徒士町の大部分が焼失したと伝えられています。復興に際して屋敷は道路より六尺後退させ、火除地をつくって火災に備えたといいます。いまでも道路と土塀の間に犬走状の空き地を持っているのは、それに由来するものです。
明治の廃藩置県によって、江戸詰の家臣を中心として多くの家臣が篠山から転出していきましたが、御徒士町に住む人々は転出する者が少なく、以後も手入れを怠らなかったことが、かつての武家屋敷の面影をよく今に伝えることになったのです。

・古地図に描かれた御徒士町(破線部分)

御徒士町 古地図

CONTENTS
御徒士町の歴史
御徒士屋敷のこと
安間家住宅の概要
見どころ


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